合羽橋にある「飯田屋」の店頭


家庭用の需要開拓がもたらした、「飯田屋」の変革

『人生が変わる 料理道具』(エイ出版社)
図書館でふと目にとまったタイトルが「人生が変わる料理道具」。先月、包丁を新調してから、砥石やまな板などの関連アイテムが気になっていたこともあり、迷わず手に取りました。表紙に「道具を知り尽くした店が、どうしても薦めたい逸品たち」「飯田屋セレクト キッチンツール169点」と書かれ、合羽橋の老舗料理道具店「飯田屋」監修による書籍だと納得。パラパラめくると、「買わなきゃ人生損する神ツール10」の中に懸案の包丁研ぎやまな板も入っています。

皮を剥くピーラーだけでも千差万別
巻頭の6代目店主・飯田結太さん のインタビュー「この道具店は時代に逆行することで“最先端”をいく。」を読むと、飲食店不況が続く中、家庭マーケットに大きく舵を切ったことが、今や客足の絶えない道具店になるきっかけだったようです。「商品を売らず、価値を伝える」、このポリシーが「飯田屋」に変革をもたらし、飯田さんご自身も料理道具の目利きとして、数多くのメディアへ出演。最近はますますテレビでその姿を見る機会が増えました。本に紹介された数々の逸品を見ていると、どうしてもこの目で商品を見たくなり、合羽橋へ向かいます。
手書きPOPが訴える、圧倒的な情報量

伝えきれない? 1つの商品に2枚のPOP
東京メトロ・銀座線の田原町駅から、食器、包材、食品サンプル、調理衣装などを扱う合羽橋道具街商店街を歩くこと約10分。お目当ての「飯田屋」は、ヴィレッジヴァンガードかドン・キホーテか!と思うほどの圧倒的な商品量と、お店すべてが商品棚にみえてしまう程のダイナミックな陳列スタイル。すきまの通路に分け入って気が付いたのは、1つの商品につき、何種類ものアイテムが並び、さらに店主の声が聞こえてきそうな手書きPOPがそれぞれに貼られていること。商品そのものを見ながら、膨大な量の商品情報が目に飛び込んできます。

『すきやばし次郎』も愛した極上のゴムまな板(右はし)
迷宮に迷い込んだ気分で店内を徘徊し、ようやくまな板の棚に辿りつくと、ありました!「ゴムのまな板の家庭版」「寿司の名店『すきやばし次郎』も愛した極上のゴムまな板」とPOPの文字が飛び込んできます。コレだ!と思って手にとりますが、やはりズシリと重く、かなり大きめです。これでは洗う時になかなか大変そうだと思い、ゴムまな板へのこだわりは次第に薄れていきます。プラスチック製や木製にも手を伸ばし、まな板の前で立ち止まっていると、店内を移動するお客さんとちょこちょこ接触事故を起こしてしまい、不本意ながら決めきれず、まな板案件は来年に持ち越しとなりました。

湯切りのザルも形やサイズが様々
お気に入りを厳選して、暮らしのダウンサイジング
これだけの商品量の中から、長く使えて自分に最適なものを選ぶのはなかなか難儀だ、というのが率直な感想です。裏を返せば、これまでは大して深く考えずに、店頭に並ぶ商品を無意識に買っていたのだと思います。包丁を新調したことで、古い包丁は処分する決心がつきました。1つひとつを吟味して、1番のお気に入りを選んだら、それ以外は躊躇なく捨てられそうです。これを繰り返していけば、キッチン回りは今よりずっとすっきりするはず。これは、洋服や本にも同じことが言えるような気がします。断捨離とは少し違う、暮らしのダウンサイジングがこれからのテーマになりそうです。

「欲しいか?」「必要か?」のせめぎ合い
今年の春にわずか3㎡の畑を借りたことをきっかけに、野菜の収穫の楽しさや土に触れる生活の豊かさを知る一方で、コロナ禍で浮き彫りになった様々な食の問題をごく身近に感じるようになりました。市場に出回ることのない規格外野菜を買ってみたり、土だけを洗い落とすたわしを買ってみたり、近所の農産物直売所を利用するようになったりと、いずれもこれまでにない体験でした。ここへきて料理道具への小さなこだわりが生まれたのは、我ながら驚きです。『食べることは生きること』(大瀬由生子著)の言葉通り、食の愉しみを暮らしの真ん中に据えて、2022年も丁寧な毎日を送っていけたらと思います。
文・藤本真穂
ベランダと貸農園で栽培中の野菜を通して“食”を考える会社員。脚本家・向田邦子さんの暮らしを愉しむ生き方が理想。

photo by Wataru Goto