ヘルス&ビューティ研究所
rport01 広東人参研究室
新発見!!広東人参の知られざる作用とは?
広東人参の由来
広東人参作用メカニズム
広東人参の作用
研究者インタビュー
Q&A
広東人参の由来
■ 「広東人参」の故郷は北米!?




「広東人参」の原産地は、実は中国ではなく北米。森林地帯に自生し、一部の先住民が使っていたと伝えられています。それが中国に伝わったのは、1716年に広東人参をカナダの宣教師が発見、採取して中国に輸出したため。

また、一方では、華僑と呼ばれる人々(長期にわたり海外に居住する中国人およびその子孫)が自国・中国の生薬によく似た植物があるということで中国に持ち帰り、広く知られるようになったともいわれています。

広東人参が文献に登場するのは18世紀。1765年に、趙学敏(ちょうがくびん)の『本草網目拾遺(ほんぞうこうもくしゅうい)』に紹介されています。

人参が貴重であった時代に、人参とよく似たに効果があるということから人気が高まり、18世紀頃から香港を経由して、東南アジアと中国南部に盛んに輸出されるようになった広東人参。やがて中国での需要が高まり、中国国内でも栽培されるようになり、中国の広東薬剤市場で多く取引されるようになりました。
『本草網目拾遺(ほんぞうこうもくしゅうい)』:古来、中国では薬のもととなる植物や動物、鉱物からの医薬品を「本草」といい、本草の学問を「本草学」と呼びました。主として植物を対象としたのでこの名があります。日本にも奈良時代に伝わって普及し、江戸時代に最も盛んになり、明治にいたって、主に植物学・生薬学に受け継がれました。『本草綱目』は、その本草学の教科書にあたります。最古のものは、後漢の時代に書かれた『神農本草経(しんのうほんぞうきょう)』とされ、6世紀に梁の陶弘景が校訂したものが後世に伝わっています。『本草綱目』は明の李時珍(1518〜1593)によって書かれた、全52巻の大著。約1900種の薬用植物、動物、鉱物などを16部60類に分類し、その産地、性質、製薬方法、効能などを解説。従来の説に改訂を加え、27年をかけて1578年に完成しました。現在でも非常に権威のあるものとされています。『本草綱目』は、1590年に発行され、その後たびたび改訂や復刻がおこなわれ、『本草綱目拾遺』はその中の代表的な一冊です。
■ 「広東人参」と呼ぶのは日本だけ!?
広東人参は、江戸時代、中国・広東の市場を経由して渡ってきたため、日本では「広東人参」と呼ばれるようになりました。欧米では「American ginseng(アメリカ人参)」、中国では「西洋参」と呼ばれることから、一般には「アメリカ人参」「西洋人参」と呼ばれ、「広東人参」と呼ぶのは日本だけ、とも言われています。

江戸時代の本草学者・小野蘭山が著した『本草綱目啓蒙』によれば日本に入ってきたのは、「寛延のはじめ」とあり、1748年頃とされています。その後、急速に医師の間に広まり、実際の治療に使われていたという記録が残されています。
『本草綱目啓蒙』:1607年日本に入ってきた『本草綱目』を、本草学者・小野蘭山が孫の職考と門人の岡村春益に口述、筆録させ、翻訳・補訂したもの。全48巻に1880種余が記載され、1803年に刊行されました。それをきっかけに、江戸時代に本草学が流行。数多くの本草書が編纂、上梓されています。
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